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歴史 静岡

vol.18 茶はいつから”日常茶飯事”になった? 知られざる庶民の茶 中村羊一郎先生

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日本における茶文化の起源というと『喫茶養生記』を記した栄西を思い浮かべることが多いのではないでしょうか。栄西が中国からもたらした茶が現在に至るまで日本の茶文化の礎となってきたことは疑う余地はありません。しかし、その一方で、お茶は”日常茶飯事”ということばがあるほど、庶民の生活に定着してきました。庶民がお茶を日常的に飲めるようになったのはいつ頃なのでしょうか。そんな疑問をもち、日本の茶文化・歴史に詳しい静岡産業大学総合研究所の中村羊一郎先生に庶民の茶の歴史を伺いました。

 

庶民のお茶はいつから?

静岡では聖一国師が故郷の足久保に茶の種をまいたといわれています。
はやし

羊一郎先生
聖一国師は文献を残しておらず、足久保にお茶の種をまいたのもあくまで伝説。日本の文献で最初に茶が登場するのは平安時代初期の嵯峨天皇の時代。永忠というお坊さんが呈茶した記録が『日本後紀』にのこっている。鎌倉時代に栄西が中国から抹茶法を持ち込みむよりずっと前、少なくとも815年に上流階級のお茶が存在したことははっきりしている。

上流階級のお茶については文献により伝わっています。しかし、庶民のお茶についてよくわかりません。庶民がお茶に親しむのはこれよりずっとあとのことなのでしょうか。
はやし

羊一郎先生
お茶の発祥は中国の最西南部に位置する雲南省。雲南省に隣接する東南アジアの山岳地域では山地を移動する山岳民族が焼畑農耕をしながらお茶を栽培していた。日本でも焼畑農耕は四国地方、中国地方を中心に各地に広がっていた。

焼畑は静岡の山間部でも行われていました。
はやし

羊一郎先生
そう、焼畑は静岡の山間部でも行われていた。焼畑という原始的な農業技術とお茶が不可分な関係を持っているとすれば、焼畑農業の広がっていた日本でお茶が存在していたという確立はかなり高い。焼畑の起源は縄文時代まで遡る。海を越えて渡来した日本人の生活には底流として日本に持ち込んだお茶が存在したのではないか。

生活の中にあったお茶とはどういうものだったのでしょう。
はやし

羊一郎先生
室町時代には庶民の間で一般に飲まれていた「柴茶(しばちゃ)」があったという記録がある。柴茶は抹茶の原料であるてん茶とは全く違う製法で作られ、蒸して乾燥させた茶葉を煮だして日常生活で飲むもの。上流社会の抹茶の世界とは別に、庶民社会の下級茶の世界は併存した。

羊一郎先生によれば、当時のポルトガル人の辞書(『日葡辞書』)に「Bancha(バンチャ)」という言葉がのこっており、ここで番茶とは抹茶に対して下級のお茶という意味で使われているということです。番茶は日本各地に広がり、釜で煎って天日で干したり、煮汁をかけて天日で干したりと地域ごとに多様性をもちながら庶民の暮らしに定着していたのです。

 

慶安の御触書に現れる庶民のお茶

羊一郎先生
慶安の御触書にお茶についての記載があるのを知ってる?

インストラクターのテキストで勉強しました
はやし

江戸時代に農民に贅沢を禁じ、農業に励むことを記した慶安の御触書には酒や茶を買うことを禁じるとともに、夫婦ともに精いっぱい農業や機織りに努め、「みめかたちよき女房なりとも夫のことをおろそに存、大茶をのみものまいり遊山すきする女房を離別すべし」という一節があります。

羊一郎先生
この一文は”お茶は贅沢品であり、そんなお茶を買う女は家計のやりくりができないから離縁せよ”という意味だと解釈されてきた。しかし、ここでいうお茶とは番茶を前提としていて、”家事を放り出して寄り集まって茶を飲みながらおしゃべりをして時間をつぶしているような女とは離縁せよ”という意味と読み解くべき。こう考えてみると、慶安のお触書の出された江戸時代庶民の間でもお茶は人間関係を取り持つ非常に重要なアイテムとして日常的に飲まれていたと読み取ることができる。ただし、慶安のお触書そのものは実在しないことが分かったので、これは当時の一般的な政策の一端だと考えられる。

なるほど、上流階級のお茶と庶民のお茶の併存、慶安のお触書……全部つながってきますね
はやし

 

煎茶の普及で番茶は衰退

煎茶の技術が開発されると商品としての煎茶が発展し、煮だして飲む番茶の時代から急須で飲む煎茶の時代へ移行しました。

羊一郎先生
永谷宗円によって煎茶製法が完成したのが18世紀のはじめころ。たとえば、静岡県の山間地域で番茶を作ってきた人たちが、煎茶が普及する中で商品としての煎茶の生産に力を入れるようになった。そこから手もみの技術も開発されてきた。手もみの技術が向上し高品質の茶に需要がでてくる中で庶民の間ではもっと素朴な番茶も存在し、地域によっては二極化が生じていた。

明治に入り、輸出を前提した茶の生産が拡大したことで不正茶の取り締まりが強化されました。そこで天日干しで作る番茶は乾燥不十分で変質しやすいということで取り締まりの対象となりました。輸出に重点を置いていた静岡では、粗悪な番茶はほとんど姿を消すことになります。

あらためて番茶を見直す

いまあらためて、庶民の間に広がってきた番茶を見直そうと取り組む人がいます。『晩茶研究会』の発起人の一人である長峰製茶の多々良高行さんにお話を伺いました。

長峰製茶は、明治9年焼津市で創業し、現在は関東を中心に8店舗を展開、おもに深蒸し煎茶を扱っています。2017年夏に多々良さんが小学生のお子さんの自由研究で一緒に作った蒸し製の日干晩茶の味わいがよかったことから、晩茶に関心を持ったのだそうです。

『晩茶研究会』は「晩茶」と記載して「番茶」と区別しています。「番茶」と「晩茶」の違いはどのように考えておられますか。
はやし

多々良さん
多々良さん
「番茶」というと一般には煎茶の下級品。一方「晩茶」は茶研究者の松下智先生が提唱されている言葉で、現在主流となっている煎茶製法で作られておらず、旨味や水色といった要素に価値を置かない日本各地で伝統的に作られてきた日常茶の総称です。

※上記の晩茶と番茶の区別についてはあくまで松下先生の見解であり、中村羊一郎先生とは別のお考えです。羊一郎先生の見解については『番茶と庶民喫茶文化史』 p.49 をご参照ください。

晩茶は、摘採時期の決まっている煎茶と異なり、年間を通して、また茶葉を煮たり蒸したりして火を通し天日で干すだけで簡単に作ることができるのだそうです。

晩茶には大きく成熟した茶葉を使う

煮た茶葉をざるに広げて天日で干す

多々良さんは渋みが少なく飲み飽きない晩茶に魅力を感じ、松下智氏に指南を仰ぎながら、本格的に晩茶づくりにとりかかります。2018年11月には、袋井市豊沢の茶生産者・池田佳正さんの協力のもと完成した「とよさわ日干晩茶」が静岡県内の銘茶コンテスト「山のお茶100選」に認定されました。

とよさわ日干晩茶 35g 400円(税込)

日干晩茶は昔ながらの天日干しで作った素朴なお茶です。夏から晩秋にかけて大きく伸び育った茶葉をしっかり芯まで蒸し上げ、細くよらずに大きな葉の形のまま天日で乾燥させました。天日干し特有の香りと穏やかでのどごしのよいやさしい味わいです。

生産者:袋井市豊沢 池田佳正(晩茶研究会)
茶種:番茶
品種:やぶきた

香り
旨味
渋味
水色
コク

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全国の晩茶を集めたサミットを開催したいという松下氏の意向を受け、2020年3月に晩茶研究会(会長・松下智氏)を立ち上げる予定だといいます。晩茶研究会の設立趣旨には次のように書かれています。

幸いにして茶は、飲み物であり、身体の諸機能に効能を持っていることである。茶の諸機能の真髄はタンニンであり、タンニンを活かした茶が晩茶であり、その晩茶は日本の煎茶よりはるかに長い歴史があり、茶の原点といえるものである。現在の茶の危機に際して、この原点に立ち返って、現在の茶を考える必要がある。日本各地に伝承されている晩茶を育て、晩茶の良さを守り、広く人々に知っていただき、日本茶再興のいち方途ともなることを念願するところである。

(晩茶研究会設立趣旨より)

会は、松下氏の”従来のアミノ酸重視の価値体系の中にある煎茶ではなく、日本各地に伝承された晩茶こそ茶の原点である”という考えの下、晩茶を再興していきたいという強い思いに支えられています。

多々良さん
多々良さん
茶の消費が減少していく中で嗜好品として煎茶は今後より高いレベルが求められていくでしょう。この方向性は変わるべきではありません。一方で日常茶としての晩茶に可能性を感じています。全国各地に広がる点と点を結び大きな運動につなげていきたいと考えています。

番茶は「美作番茶」(岡山県)「阿波番茶」(徳島県)などが知られていますが、それ以外の茶産地でも地域の伝承に基づく晩茶づくりが行われています。多々良さんは”晩茶の運動は茶という飲み物を市民が取り戻す運動なのではないか”とおっしゃいます。

今回、抹茶や煎茶よりもずっと以前から日本人の暮らしに根付いてきた番茶について、中村羊一郎先生にお話を伺いました。永谷宗円が発明して以降、煎茶は茶師が腕を競い日本文化としての価値を高めてきました。一方で、庶民の間で自家用に作られ、日常的に飲まれてきた番茶は煎茶の対極にあるものといえます。世の中の変化に伴いお茶がどうあるべきかが問われている時代にあって、お茶の原点である番茶は、あらためてわたしたちに”お茶とはなにか”を問いかけるものだと感じました。今後も番茶の研究や復興活動に注目していきたいと思います。

 

参考文献

中村 羊一郎(2015)『番茶と庶民喫茶史 (日本歴史民俗叢書)』吉川弘文館

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林夏子(はやし なつこ)

林夏子(はやし なつこ)

お茶の文化や歴史、風俗を発信し、お茶愛好家の皆さんとの交流をはかることを目的に『はてしないお茶物語』https://hateshinai-ocha-monogatari.comを運営。管理人:林夏子(フリーライター/日本茶インストラクター/静岡ティーリポーター)

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