今日も静岡茶屋でお待ちしています vol.4 足久保の新茶

小島茶店

今日も静岡茶屋でお待ちしています vol.4 足久保の新茶

 茶の生産量が日本一の静岡県の静岡市に、「茶町」というアドレスが存在する。かの家康公が駿府城下町造りの際、茶を商う人々をここ茶町に集めたのが始まりだとか。現在でも、茶町はお茶業者さんが軒を連ねる、文字通り、お茶の町だ。4月のなかばから1カ月ほどの新茶の季節が始まると、茶町は一気に活気づく――。


 茶町にある小さなデザイン会社に勤める萌にとって、三度目のお茶の季節がやってきた。どこかのお茶屋さんで仕上げのための火入れをしているのだろう、店先まで香ばしいお茶の香りが漂う。茶町のメインストリート、茶町通りから細い路地に入ったところに望月薫のお茶屋がある。萌は、会社帰りに、月に何度か、薫の店に立ち寄る。白状してしまえば、お茶を買いに行く目的半分、薫に会いに行く目的半分だ。一日の終わりに薫に淹れてもらって飲むお茶は最高なのだ。店の前まで来ると、ちょうど薫が暖簾を取り込もうとしているところだった。

「薫さん! 今日はもうおしまいですか」
「お客さんもいないし、明日も早いので、もう閉めちゃおうかとおもって」
「じゃあ、手短に……」
 萌はカウンター席に腰掛ける。
「じつは、あるPR誌でお茶のコラムを任せてもらえることになったんです。ぜひ薫さんにご協力いただけないかとおもって」
「へぇ、それは楽しみですね」
 薫は微笑んだ。もう一度、手短にと断って、萌は手帳をカウンターの上に広げた。
「あの、そこでですね、ちょっとだけ薫さんのお話を聞かせていただけませんか。薫さんはどうしてお茶屋を継ごうと思われたのですか?」
 以前、薫から、東京に出てサラリーマンをしていたと聞いたことがあったが、それ以上詳しいことを知らなかった。
 薫はちょっと間をおいて、こたえた。
「東京でサラリーマンをしていたころは、一分一秒を争って朝から晩まで数字を追いかけて、息もつけないほど忙しくて……でも、それなりにやりがいもありました。お金も稼いでいましたし」
「きっと、華やかな生活をされていたんでしょうね」
 薫は、首を振った。
「いろんなものを失いました。友達とか恋人とか好きな音楽とか、仕事と仕事で手に入るもの以外、たぶん全部」
 薫の口から発せられる、恋人という言葉に、萌はどきんとした。
「週末は酒を浴びるように飲んでいましたし……あるとき、酔い覚ましに、実家から送られてきたお茶を淹れてみたんです。湯を注ぎ、ゆっくりと茶葉が開くのをながめていて、思い出したんです。ああ、生まれ育った静岡にはこういう静かな時間が流れていたよなって……。それで、なんか目が覚めた」
「……それが静岡に戻ってきた理由ですか」
 萌はちょっと拍子抜けした。「静岡茶を盛り上げよう」とか、そんな理由を期待していたからだ。
「まぁ、擦り切れちゃったというのはあるんでしょうね」
 薫は照れたように笑った。

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 薫は後方の棚から一冊のノートを取り出した。一見して、古いノートだと分かる。
「うちの倉庫で見つけたんです。うちのじいちゃんが書いたと思うんだけど。我が家の歴史を書いたものみたいです。よかったら、読んでみてください。コラムの参考になるかも」

――立春から数えて八十八夜、五月の頭には大勢の茶摘みさんの手を借り、茶摘みが行われます。摘んだ茶葉は新鮮なうちに加工され、大きな袋にいっぱいに詰められて、荷馬車に載せられ、街まで運ばれました。街には、茶を卸売りする問屋、外国の商人、茶の袋を扱う包装資材業者などの店々が軒を連ねていました。お茶を求めて、遠くからも大勢の人が茶町にやってきました。茶町通りに路面電車が走り、お茶を清水港まで運びました。

「わぁ、これってこの界隈のことでしょう。活気があったんですねぇ」

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 薫はにこりと笑って、萌の前に茶を置いた。

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「今年一番の新茶です。どうぞ」
 いただきます、と萌は湯呑に口をつけた。
「甘い香り――」
「ミル芽香です。新茶の、本当に柔かい部分を摘んで炭火で火を入れました」
「しっかりした渋味。後味が爽やかです!」
「これは”静岡茶発祥の地”という伝承の残る足久保のお茶です。このお茶は、熟練の茶師の手によってつくられた、手摘みのお茶を炭火で仕上げました。香り、旨味、渋み、苦味、水色――どれをとっても素晴らしいお茶です」
「歴史の中で、磨き上げられてきたお茶なんですね」
「その通りです。静岡の茶は、担い手の技術と情熱によって、長い時間をかけて熟成され、素晴らしいお茶を作り出してきました。しかし、一方で、これまでの基準では評価しきれない魅力を持つお茶もあります。個性として評価されていいものなのに、欠点とされ、値が付かないお茶もある。その個性に価値を見いだしたい。それがぼくが静岡に戻ってきたもう一つの理由です」
「なるほど……」
「そのためには、まだまだ勉強が必要だし、たくさんの人に会うことも必要です。萌さん、今度、茶園に一緒に行きませんか」
「えっ」
「現地取材も必要ですよ」
――どきん、どきん、どきん。
 萌の胸が高鳴った。ノートに記された「茶摘み畑は 恋畑」という唄が、目に飛び込んできたからだ。

〽茶摘みだ 茶摘みだ 皆んな出ておいで
茶摘み畑は 恋畑
あまい香りが ほのぼのと
娘心に しみて行く
そっとお摘みよ お茶の芽木の芽
いつか身にしむ お茶摘み唄

イラスト/yukiko
取材協力/小島茶店

参考文献:お茶の唄々(森薗市二,2001)
「茶摘み畑は 恋畑」(作詞作曲 浜口庫之助/東宝映画「有難や三度笠」主題歌)

小島茶店
茶町通りからほど近い錦町で、明治よりお茶を商う小島茶店さん。気軽に楽しめる日常のお茶から、手摘みのお茶を炭火で仕上げるこだわりのお茶まで静岡県内のお茶を扱います。今回ご紹介した足久保のお茶はこちらから購入できます。

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